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とりかへばや物語 その8

あかねの御方の語れる

 友雅さんから文だけは毎日のように来るけれど……。
 待ち続けることに疲れてしまった。
 後悔はしないけれど、やはり……友雅さんは友雅さんだったのだわ。
 目の前にいる、困っている姫君を放っておけないの。 昔からの癖よ。女の人から頼まれて、断ったことないもの。よくわかっていたはずなのに……。私だけはと安心しきっていた。思い上がっていたのよ。一番身近にいたのは私、と。
 もう、だめ。このままここにいたら、私は朽ちてしまう。これは、私の人生ではないわ。
 四の姫を放っておけないと言うなら、このまま北の方にすえておしまいになればよいのよ。私のために……この恋を、終わりにするわ。やり直すわ。
 でも……若君をどうしよう。
 私と永泉の君の秘密を世に知られないためには、私たちがたがいに入れ替わって、何食わぬ顔であたらしい暮らしをはじめるのが一番。そのためには、若君は足手まといになってしまうわ。子連れで出仕というわけにはいかないもの。乳母に預けてしまって、このまま親子の縁まで切るの……? そんなこと……こんなにかわいいのに、捨てなければいけないのかしら。感情は、断ち切らなければいけないの? それは、私のため? 友雅さんに気づいてもらうため? さがしてくださるかしら、私を。そしたら、思い切れるのに……。



籐治部鷹通の語れる

 右大将殿が戻っておいでになりました。
 長い間、どこにおいでだったのか、雰囲気が少し変わられて、以前なら華やかで愛嬌がこぼれるようでどこか女性的でもあられたのが、精悍なところも加わられて、なんだかずっと大人になられたような……失礼ですが。
 帝もすっかりご機嫌になられて、毎日のようにお側に召していらっしゃいます。橘少将殿へのご勘気はまだ解けませんが、右大将殿が上手に取りなされたのでしょう、宰相の中将にご出世されて、以前と同じに御前に出仕しておいでです。
 宮中の花がお二人とも戻られたので、本当に、雰囲気が明るくなりました。御達もご機嫌な者が多くなって。しかも、戻られた右大将殿は、女性に対する態度も物柔らかくなられて、立ち去られることなくお言葉をかけなさると、教えてくれた女房は、逢瀬を期待顔でしたよ。
 東宮御所にも、花が帰ってきました。長く病気で休んでいた内侍の君が平癒されて戻られたのです。東宮様にも長くお悩みであらせられましたが、内侍の君が戻られて、お気持ちが平らかになられたのでしょう、兄帝様とにこやかに会話をされるお姿を拝見しました。
 友雅殿の事件ですか? あれは、だって、自業自得というものでしょう。以前から、女性には節操のないお方でしたから。何度忠告しても改められることはなかった。右大将殿のことも、弟のようにかわいがっておられたのに、その北の方に手を出すなんて! 言語道断です。そんな方だとは……思っていましたが……。
 ところが、友雅殿も、様子がおかしいのですよ。いつも何かをさがしている風があるのです。よほど大事な物をなくされたのか……涙もろくなられて。いつもひょうひょうと、人生を楽しんでおられたのに、何かに屈託しておられる。執着される方ではなかったですが、確かに、あれは、大事にしていた何かが急になくなった、という不安です。いったい何をなくされたのでしょう……。



橘宰相中将友雅の語れる

 宇治へ帰ってみて、私は愕然とした。
 若君を抱いた乳母の君が、私を見るなり大いに狼狽顔で、しかられるとでも思うのか、半べそで、あかねがいなくなったことを告げた。
 何故? あんなに私たちは愛し合っていたし、生まれた若君をあんなにかわいがっていたのに。だから、私も安心して、京の四の姫のもとにいられたのに。
 ……ああ、原因はそれか。私が元のように、恋人のもとを渡っていると思っているのだ。私の過去のあれこれを知りすぎているから、待たされることに慣れないのか。
 居場所を見つけて、誤解をとかなければ。愛していると、君なしではいられない、と……。

 そう思っているうちに、「右大将様が戻られた」と聞いた。
 男姿に戻って出仕をしたのか。私は確かめたくて、内裏に向かった。
 ところが、戻ってきたと評判の「右大将様」は、正真の男だったのだよ。あかねにそっくりだが、あかねではなかった。ひげが生えていたのだよ。いったい、あれは誰なんだね?
 皆がもとの右大将だと思っているから、面と向かって君は誰だと問うわけにはいかないし、あかねはどこだと尋ねるわけにもいかない。頼久が付き従っているからあかねの縁者だろうか? 頼久をつかまえて聞こうにも、無言ですぐに立ち去ってしまうから何も得られない。
 ただ、向こうは私のことをわかっているらしく、帝のご勘気が解けるよう、進言してくださった。おかげで、こうして参内することもできるし、宰相の中将に引き上げてもいただけた。
 私を知る人……? あかねにそっくりな……。まさか、もう一人の……。
 ほんとうに、誰なのだろう。そして、あかねはどこにいるのだろう。
 だれか消息を知る人はいないのだろうか……。



女東宮の語れる

 私の知っている内侍はどこに行ったの?
 久しぶりに逢った内侍は、以前の内侍とは違うの。しとねの中で抱きしめてもくれないし、愛してもくれない。話す口振りや顔や声は以前の内侍とそっくりなのに、どうして?
 内侍が右大将をつれてきたの。右大将と契ったつもりなどないのに、でも、逢ってみたら、右大将が以前の内侍みたいじゃない? どうして? 私、訳が分からないわ。
 だれか、私がわかるように説明して。もう、何も信じられない。東宮の身分でなければ、出家してしまうところなのに。右大将も内侍も信じられない。だれか、助けてよ……。


右大臣の四の姫の語れる

 お父様が、孫姫のかわいさに負けて、私を屋敷に戻してくださいました。
 友雅様はとてもよくしてくださいましたが、お心が私にないのはわかっていました。戯れの恋のはずが、子ができたりなどしたので、情けをかけてくださっただけ。お心は、いつも、宇治の姫君に向いておいででしたわ。きっと、すばらしい方なのですね。友雅様のお心をとらえて放さないお方。どのような姫君なのでしょう……。
 屋敷に戻ると、右大将様が通っておいでになりました。どのような顔をしてお目にかかればよいのか……。恥ずかしくて消え入りたい気分でしたが、私を許してくださったと思うと、お逢いしないわけには参りません。父の気持ちも考えて、お目にかかることにしました。
 いつものように、眠るまで静かにお話なさるだけかと思ったら……違いましたの。
 まるで、友雅様がなさったように、私をお扱いになるのです。初めての時より恥ずかしくて、誰かを呼びたい気分だったのですが、正式な夫の君がなさること、騒ぎ立てるわけにも参りません。呼んでも誰も来るはずないのですから。
 でも、こうして本当のご夫婦になれて、なんだか、心が落ち着いた気持ちがいたします。姫君達が友雅様のお子であることはご存じのはずなのですが、たいそうかわいがってくださいます。そのお心が、恥ずかしくもうれしくて……。
 きっと、以前の私があまりにも子ども子どもしておりましたので、このような過ちを起こすことになったのです。右大将様は私が大人になるのをじっと待っていてくださったのでしょうに、つい、うかうかと友雅様の甘い言葉に……。
 もう、いたしません。お逢いしたところで、お心は私にないのですから。私は、右大将様のお優しいお気持ちを糧に、生きて参ります……。



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